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2004年7月 アーカイブ

2004年7月14日

生きる意味

 ヴィクトール・フランクルによれば、人類はその歴史上、二重の喪失を被ってきている。第一に、動物に特徴的な本能の確実性が部分的に失われた。第二に、人間の行動を大きく制約し、多大の影響を与えてきた伝統による保護が徐々に失われてきた。
 そのため我々は、自分が何を成さねばならないかを本能から告げられることはなく、自分が何を成すべきかを伝統から告げられることもない。
 その結果、内的空虚の体験、根元的な意味喪失の感情に陥ってしまう。それを彼は実存的空虚と呼んでいる。
 動物や未開人と異なり、現代人は生きる意味、意味への意思が必要となる。人間は何かから自由なのではなく、何かに向かって自由なのである。

意味への意志

2004年7月15日

人生の使命や幸福

 アブラハム・マズローは「自己実現を直接的に追求する人々は、人生の使命から切り離されて、実際に自己実現を達成することはない」というヴィクトール・フランクルの主張に同調している。
 フランクルによれば、幸福を追い求めれば追い求めるほど、ますます幸福を追い払ってしまう。なぜなら、実際に欲しているのは幸福であることの根拠を持つことなのである。そしていったんその根拠を持てば、自ずから幸福感は生じてくる。幸福感を直接に目指せば目指すほど、幸福であり得る根拠を見失い、幸福感そのものは崩壊する。言い換えれば、幸福とは結果としてついて来るものでなければならず、目指して得ることの出来ないものだということである。

例えば漫画に出ているケース

「誰かをうらやむのではなく」
「心から必要だと思うこと」
 ―――『ああっ女神さまっ』第25巻 第160話

「必要なのは力じゃなかった」
「するべき事は揃える事じゃなかった」
「二人の力を真に必要とする事だったんだ」
 ―――『ああっ女神さまっ』第26巻 第166話

人生の問題

 スティーブン・コヴィは人生の問題について「より少ない時間でより多くのことを成し遂げるだけで、本当に生活が良くなるだろうか」と疑問を呈している。「もっと深く根本的に見なければならないことはないだろうか。時間、人生、自分自身についての基本的な態度が問題を作り出していないだろうか」と。
 つまるところ、より上手に目の前の問題を処理したからといって、いったいどんな意味があるというのだろか。
 問題は自分の外(周りの状況)にあると考えるならば、それは自分の外にある事柄に支配されることを容認することである。状況を改善する最も良い方法は、自らのあり方に働きかけ続けることなのだと、コヴィは指摘している。

2004年7月27日

分進秒歩

 例えばGMOやlivedoorなんかの様子を見ると、毎日企業単位でいろいろと変化してようで、個人単位でこれだけなんにも変化してないと、どうなっちゃうんだろうって話ですね。

 自分の反応を選択することで、自分のおかれた状況に多大な影響を及ぼすことができるということは、心強い事実である。それは、化学式の一部分を変えれば、全体の結果がまるで変わってしまうのと同じである。

 自分の人生をコントロールし、自分のあり方や人格そのものに集中することにより、自分の周りの状況に大きく作用を及ぼすことができるのだ。

7つの習慣―成功には原則があった!

 変わって欲しいのになかなか変わらない目の前のいろいろなこと。あんまり強迫的に主体性主体性って連呼しても何も状況は変わらないのが実情ですが、自分のあり方に集中すること、まずはその辺でしょうか。直接コントロールできないことにイライラするのなら、直接コントロールできることをまずやればよいわけで。
 周りを気にしない。でも、自分の価値観(なにが大切なのか)を見失わない範囲で周りに置いていかれない。どっちも大切で、バランス。時折、周りを見て普通に焦る必要もあるんだな、と思った。まごまごしてないで、さっさと進めよっと。

夢のために何をしているか

あなたの夢はどんなものですか?
そのために毎日、何をしていますか?

 ふとそんな質問が頭をよぎった。最近は夢とか結構いいかげんでもはっきり夢だって認識しちゃえって思うけれど、そのためにいま今日この時間なにをしているのだろうって考えると、はっきりいって「何もしていない」。夢がなにかを忘れるからいつも目の前の現実がつらくなるんだと気づいた。
 曖昧でも夢のために今を我ン張ってるときは色々と物事に手がついて、だんだんと目の前の現実がつらくなって、それにしか目がいかなくなって、いつのまにか何のために我ン張ってるのか分からなくなって、夢なんてあったのかしらなんて思って、退却神経症に陥ってしまうのである。

2004年7月28日

笠原嘉(かさはら・よみし)

1928年 神戸市に生れる。
1952年 京都大学医学部卒業。精神医学専攻。
1972年 名古屋大学教授就任
1992年 名古屋大学教授退官

名古屋大学医学部教授、同付属病院長などを経て、現在、藤田保健衛生大学医学部客員教授。社団法人被害者サポートセンターあいち元会長、現顧問。

中井久夫や木村敏と並んで著名な精神科医。スチューデント・アパシー student apathy や退却神経症などを提唱。名古屋大学名誉教授。

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